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November 29, 2009

さよならアーニーちゃん

アーニーちゃんがこの世を去ってから9日が過ぎた。11月20日(金)の11時過ぎ、母から会社に電話があり、息をしていないようだと言った。覚悟はできていたが、やっぱり間に合わなかったと思った。2日前からほとんど食べなくなっていて、抱くとお尻の骨がゴツゴツ当たって、痩せていくのがわかったが、どうすることもできなかった。水曜日に病院で水の注射をしてもらっていたが、うさぎは点滴による栄養補給ができない。1週間前から食欲が落ちて、1時間以上抱っこして食べさせようとしても、少し食べると眠りに落ちてしまう。「がんばれ、がんばれ」と声をかけると少しだけもぐもぐしてくれることもあったが、私が一緒にいたいがために無理を言っている気もして、「がんばらなくてもいいよ」とも言った。矛盾した気持ちだった。

金曜日の朝はぐったりしていたので、いつもの圧迫排尿と餌を食べさせるのは諦めて、ただ抱っこしていた。息も少し苦しそうだったのでできればずっと抱いていたかったが、その日は出なければならない説明会と提出しなければならないものがあった。午後半休は取るつもりだったが、それまで待ってくれないかもしれないという予感もあった。どうして前の日に誰かに頼まなかったんだろう、と後悔したが、頼める人もいなかったし、もう間に合わない。会社に行かなければならない時間まで、アーニーを抱っこしながら泣いているしかなかった。

帰宅すると、アーニーは目を半分開けて、とても穏やかな顔をして横たわっていた。もう息をしておらず、心臓も止まっているのに、生きている時と全く同じ表情をしていた。最期の瞬間に誰もついていてあげられなかったことがかわいそうで、後悔してもしきれない気持ちだったが、ただ一つ救いになったのは、10時頃にさいとうラビットクリニックに電話で相談した時の斉藤先生の言葉だった。
これ以上できることはないのか、午後から水分の注射をしてもらいに病院に連れて行った方が良いかと尋ねた時、先生は、「獣医としてではなく自分のうさぎだと思って話すわね。私だったら行かない。途中で亡くなる可能性もある。自分が好きな部屋の匂いを嗅ぎながら亡くなる方がいい。」と答えて下さったのだった。
それから1時間後、アーニーは6年5ヶ月住み慣れた場所にある小屋の中で、眠るように亡くなっていった。最期が安らかで、苦しみが無かったことを願っている。

10月21日に私が中欧旅行から帰国した日に退院して家に戻り、ちょうど1ヶ月で旅立っていったアーニー。この1ヶ月、私は必死にアーニーの命を繋ぎ止めようとしていて、体は寝不足でクタクタ、気が張り詰めていて、ちょっと異常な状態だったかもしれないが、思い返すととても幸せな毎日だった。アーニーは一緒にいたいと願う私の気持ちに応えてくれたのかもしれない。毎朝、6時過ぎに起きて、おはよう!と小屋をのぞくと、頭を持ち上げて前足を動かして答えてくれたアーニー。いてくれてどんなに嬉しかったことか。かけがえのない、大切なうさぎだったアーニー。

退院した日はほとんど反応が無く、ぐったり横たわっていたのに、次の日からどんどん元気になっていった。朝は甘いシロップの薬を喜んで飲み、圧迫排尿でおしっこの出具合や様子に一喜一憂。朝日を浴びながらご飯(シリンジでの強制給餌)を食べさせて、小屋に寝かせて出社。午後は母に給餌をお願いして、定時で帰り、夜は薬、排尿、ご飯を食べて、おやすみなさいをした、比較的安定した毎日は、大変でも張り合いがあった。しかし2週間を過ぎた頃から、また退院した時のように白い鼻水が出たり、尿が出にくくなったり、食欲が落ちてきて、時間をかけて給餌をしても食べてくれなくなり、精神的にも体力的にも大変だった。

でも一番大変で頑張っていたのはアーニーだった。2週間後から、寝ていても前足でしきりに掻くようなしぐさをしたり、声をかけると鳴き声で訴えることがあったり、どこか痛いのか歯軋りをしたり、抱っこをするとそのまま眠りに落ちたりしていた。食欲が落ちたので11月13日にさいとうラビットに連れて行った時は、先生に、危ないかもしれないね、と言われたが、私はそんなはずはないと思っていた(今から考えると愚かなのだが、必死で何も考えていなかった)。太い水の注射をしてもらって次の日は少し持ち直してホッとしたものだが、食べる量はどんどん少なくなり、次第に体温調節ができなくなり、退院した時のようにゆたぽんで保温を始めた。

アーニーがいなくなって、家はとても寂しくなった。いつもの癖でつい小屋に目が行き、いないことに気づく。いつも声をかけていたのに、応えるものが無い。会社に行く時は「行ってくるね」の挨拶、帰宅すると、まず手を洗ってから「ただいま~」とナデナデ。寝る時はおやすみの挨拶。パソコンに向かう時は「ちょっと待っててね」と声をかけたり、何かと話しかける癖がついていた。元気な時は、私がリンゴやヨーグルトを食べる時に少しだけ分けてあげるのが習慣で、部屋に放している時はスプーンの音がするだけでも気配ですっとんできて、膝の上にピョンと乗ってきた。食べることが大好きだったアーニー。今は、何を食べても「ああ一人で食べるんだな」と思う。外出している時も、家に帰ると会えることを楽しみにしていたのに、今は帰る楽しみが無くなってしまった。

私のこれまでの時間はアーニーが生きていた時といなくなってからの二つに分かれてしまった。生きていた時の方に戻れるものなら!! 春にアーニーの足が不自由になった頃から、一緒にいられるのは限られた時間と思うようになり、時間を大切にしていたつもりだったが、それでもこんなに早く別れが来ると分かっていたら、もっと沢山ナデナデしたり、抱っこしたりしていたのにと思うと、とても残念だ。

アーニーは生後3ヶ月の時にうさぎ屋さんの店先で偶然出会った。小さくて、黒くて目の周りが白いのがとても可愛かった。真昼間から、しきりに前足で穴掘りの真似をしている姿に一目惚れした。その3ヶ月後に幸いまだ売れていなかったので連れて帰ったのだが、シャイで食べるのが大好きで頑固なところがなんとなく私と似ていて、通じるところがあった。

哺乳類を飼うのは初めてだったが、パソコンや機械とは全く違う、生き物は複雑で繊細で高級なものだということを教えてくれた。最初の頃は、毎日会社から帰って生きているかどうか心配だった。それから6年半、いたずらうさぎがだんだん賢くなってきて、言葉を超えて通じ合えることも増え、いつのまにか大きな存在になっていた。一緒にいると、「いてくれてありがとう!」という言葉が自然に湧いてきたものだ。欲深で、「感謝する」ということが滅多に無かった私なのに。

私の一番大切な宝物のアーニー。死後の世界はわからないけど、きっといつかまた会おうね!

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Comments

ああ、ついにお月さまに帰ってしまったのですね。
しばらくは涙涙になってしまうと思いますが、6年と5ヵ月も生きたアーニーちゃんは立派です。

なんか、うさぎって同志みたいなところがありますよね。飼った人にしかわからないと思うんですが。あんな小さいけど、飼い主と対等な存在感があって。一度飼いはじめると、うさぎのいない生活は本当に何かが足りないような気がしたり・・・。
LENIさんがうさ飼いさんになってくれて私もうれしかったです。アーニーちゃん、安らかに・・・。

Posted by: まえ | November 30, 2009 at 01:53 AM

アーニーちゃんがくれた、心の安らぐ時間の想い出は
これから、ずっと、ずっと、壊れないLENIさんの宝物ですね。

私も今年の5月に病気が再発したムチャを亡くした時、
「手術をして、いっぱいのケアをしたのに。。。」と落ち込んだりしました。
まだ、部屋にムチャの気配を感じて、今も、ふっと、涙です。
でも、亡くなる前の身体の不自由から、魂が離れて、次の世代の新しい器に命を
繋いで、どこかで生まれ変わって幸せになっていることを祈っています。

きっと、アーニーちゃんも、LENIさんの愛情を引き継いだまま、幸せな生まれ変わりで、また、同じ時間を共にする事があります。
大丈夫、どうぞ、気持ち、温かくしてね。

Posted by: こっぴ | November 30, 2009 at 10:47 AM

訃報は聞いてましたが、ここに書くことでLENIさんが何かのふんぎりをつけられたのではないかと思っています。

看病の時の様子など読むとアーニーちゃんがホントにLENIさんのそばで幸せだったのだろうな、と感じます。
LENIさんも一緒に居られて幸せでしたよね。
それは大きな宝物だと思います。
それを大切にして、それを持てた自分を幸せに思って下さい。

アーニーちゃんはきっと幸せな生まれ変わりをしていると私も思いますよ。

Posted by: Eve | December 01, 2009 at 12:27 AM

アーニーちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

LENIさん よく看病しましたね、お疲れさまでした。
アーニーちゃんは、こんなに一生懸命看病してもらって、幸せだったと思います。
今は、苦しみから解放されて、安らかにしているでしょう。
いつも LENIさんを見守っていると思いますよ。

Posted by: マープル | December 03, 2009 at 11:22 PM

まえちゃんへ
正直、こんな早くにお月様に帰ってしまうとは思っていませんでした。
6年と5ヶ月というのは家に来てからの期間で、生きたのは6年と約11ヶ月だったんですが、元気な時は10年は一緒にいられるかと思っていたので。寝たきりになってからは、12月25日の誕生日までは生きて欲しいと思っていました。

うさぎを飼い始めたのは、ロッタちゃんのことを読んでいたことが無意識に影響があったのかもしれません。新米うさ飼いの頃は、まえちゃんにもいろいろ聞いてお世話になりました。

確かに飼った人にしかわからないことですが、うさぎの存在感は大きいです。かわいいのにちゃんと自己主張するし。いなくなると、家族が二人きりになってしまった、三人目がいない、ということをひしひしと感じます(しゃべらないのに)。

アーニーと私の関係を言葉で表すと、「お友達」というのが一番ぴったりだったような気がします。異性だし、かわいすぎるので、「彼」、「子供」という言葉も浮かんできますが、うさぎだし、私にとって未知のところがあって尊敬していました。落ち込んでいると、手を舐めてくれることもありました。勘がいいなあ、優しいなあ、と感心・感動したものです。

Posted by: LENI | December 05, 2009 at 04:39 PM

こっぴさん
ムチャちゃん、亡くなっていたんですね。ブログで読んでいたのでどうしているのかなと思っていました。残念です。
でも、生きている間はこっぴさんが大切にしていたし、ケロちゃんと一緒で幸せだったと思います。

アーニーが亡くなって2週間経ちました。まだ寂しくなると時々話しかけたりしています。未練がましく「帰っておいでよー」と言うこともありますが、最後の1ヶ月、沢山一緒にいられて良かった、と思えるようになりました。

Posted by: LENI | December 05, 2009 at 04:48 PM

Eve様
あんまりきっぱりした性格ではないので、すぐにふんぎりがつく訳ではありませんが、寂しがっていてもしょうがないので、おいおい元の活動(水泳、ロシア語等)に戻りつつあります。
用心深い方ですが、アーニーのことで、生きている時間は限られていることを実感するようになったので、これからは後悔が無いように生きたいものだと思っています。

Katrionaさんからいだたいた本(「海からの贈り物」)の中に、
「二つとない瞬間は確かにある。(中略)そういう二人だけの瞬間には意味があって、ただそれが恒久的なものではないだけなのである。」という言葉がありました。これは、新婚の頃を惜しむ気持ちを表したものですが、今の私にもヒントになるところがありました。

生前のアーニーを撫でていて、こんな幸せがあっていいんだろうか、と思ったものです。今、その頃を懐かしんでいるわけですが、やっぱり昔を懐かしんでちゃいけない(ジョン・シルバー?)、アーニーがくれた時間を大切な宝物として前に進まなければ、と思います。

Posted by: LENI | December 05, 2009 at 06:36 PM

マープルさん
温かいお言葉をありがとう。とても慰めになりました。
今はアーニーが安らかであることを祈るばかりです。

まだ小屋の中にお骨を置いていて、生きていた時のように
タオルをかぶせているのですが、手を置いて話しかけると
気持ちが落ち着きます。

時々、お部屋に戻ってきてくれたらいいなあと思います。

Posted by: LENI | December 05, 2009 at 06:46 PM

遅ればせながら心からご冥福をお祈りします。

アーニーちゃんはLENIさんに大切されて、寿命を全うすることができ、本当に幸せだったんだなと思います。どんなものであっても、側にいた大切なペットに代わるものはないですね。LENIさんの気持ちを思うと、私などがかける言葉もありません。

私は、アーニーちゃんもLENIさんが元気になることを心から願っていると思います。また、きっとどこかでアーニーちゃんに会えますように。

http://www.petloss.com/poems/maingrp/rainbowb.htm

Posted by: yayotuka | December 05, 2009 at 10:50 PM

Yayoiさん、ありがとう。
"Rainbow Bridge"、昔読んだことがあったのですが、その時は全く他人事で、抽象的なペットを思い浮かべて読んでいました。今回改めて読むと、アーニーそのものの仕草が浮かんできて泣けました。

死後の世界はわからないんだから、何らかの形で会える可能性もあるんだ!と思うと希望が生まれます。

実は由香さんからも1週間前に日本語版のリンクを送っていただいたんですよ。その時も感動しました。

Posted by: LENI | December 07, 2009 at 09:34 PM

すみません、訃報は聞いていましたがLENIさんの記事を
読んでるだけで泣けてしまいました(我が家の愛猫
が手の中で冷たくなっていくのを経験していましたから)
アーニーちゃんは自分のお家で安らかに眠れたのだと思います。
アーニーちゃんはLENIさんに愛されて幸せだったと思います。

介護お疲れ様でした(同じく介護点滴をし、無理矢理命を
引き止めてしまったのか?と悩んだ時期ありました。
今は、今も「ありがとう」の言葉しか出てきません。

Posted by: sippo | December 18, 2009 at 01:54 PM

Sippoさん
コメントありがとうございます。ほんとうにアーニーはよく頑張ってくれました。一緒にいたいという気持ちをわかってくれたと思います。最期の頃、普段は声を出さないのにプープーとしきりに訴えたことがあったり、具合が悪いのに、小屋をのぞくと頭を持ち上げて応えてくれたり。いつも本当に優しいうさぎでした。

1ヶ月経ちましたが、さっきも写真を見ていると涙が湧いてきました。部屋に寝そべっている写真なんですが、こちらを見ている目が無邪気で微笑んでいるように見えます。

悲しんでいると、部屋でカタリという音がして、多分観葉植物の葉が落ちた音なのでしょうけど、帰ってきてくれたらいっぱいナデナデするのにと思います。

昔のようにいろいろ活動は再開していますが、どこに行っても、「前に行った時にはアーニーがいたのに」と思ってしまいます。なんだか元気が出ないのは喪中だからでしょうか。
Eveさんには怒られそうだけど、立ち直るにはもう少し時間がかかりそうです。

Posted by: LENI | December 24, 2009 at 12:46 AM

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